通信制大学の学びを支えるGSIS修了生 ―教育と学習支援の現場から―
2026年10月25日(日)、第78回まなばナイトが大阪・天満橋のエル・おおさかで開催されました。年に一度の関西開催となる今回は、現地会場とオンラインをつなぐハイブリッド形式での実施です。
近年、通信制の高校や大学で学ぶ人が増えるなか、熊本大学大学院教授システム学専攻(GSIS)修了生にも、さまざまな立場で通信制教育に携わる人が出てきています。今回は、通信制大学で教育や学生支援に取り組むお二人の修了生をお迎えし、オンラインでのPBL授業とキャリア教育の実践についてお話しいただきました。
はじめは、同窓生の井上憲司さんの乾杯で和やかにスタート。続いて、同窓生の桑原千幸さんによるオープニングで、今回のテーマと進め方が紹介されました。
■オンラインでのPBL学習
最初は、開志創造大学 情報デザイン学部 教授の竹岡篤永さんから、オンラインで学習できる学部の必修PBL科目の設計と運営についてお話しいただきました。
オンライン学習の強みは「いつでも・どこでも」学べること。その強みを生かすため、ディスカッションには時間や場所を選ばないテキストチャットを採用しています。ただし、テキストチャットだけでいきなりPBLに取り組むのは、学生にとってハードルが高いとのこと。そこで、講義科目でPBLの技法を学び、練習を兼ねた演習に取り組み、再び講義科目で振り返ったうえでミニPBL演習に進む、という段階を踏んだ設計が紹介されました。
運営上の課題として挙げられたのが、前半の講義・練習パートに参加しなかった学生をどうフォローするか、そしてグループでの「最初の投稿」をどう促すか、という2点でした。これに対しては、TAからのきめ細やかな声かけや、学生同士の呼びかけを組み合わせることが有効だったそうです。
また、学習環境をクラウドサービスのプラットフォーム上に構築したことで、学生の行動データやアンケート結果を生成AIで分析でき、授業の振り返りを効率的に行えるようになったことも紹介されました。
■自己効力感を育てる授業設計
続いての話題提供は、サイバー大学 IT総合学部 講師/キャリアサポートセンター担当課長の濵田佳奈子さんです。約250名が受講するキャリア入門科目での実践をご紹介いただきました。
この科目での授業設計の柱は「自己効力感」です。自己効力感を高める4つの要素に沿って、次のような工夫がなされていました。
遂行行動の達成:課題作成用のフォーマットを用意し、取り組みやすくする
代理経験:多様な経験を持つ、身近なロールモデルを提示する
言語的説得:一人ひとりに丁寧なフィードバックを返す
情動的喚起:督促は行わず、教員自身も自己開示することで、安全・安心な授業運営を心がける
さらに、民間のキャリアサービス事業者をゲストスピーカーに招き、社会との接続を図りながらキャリアの選択肢を広げる工夫も紹介されました。学習の順序にこだわらず、どれだけ、どのペースで学ぶかを学生自身が決められる「学びを委ねる」設計も特徴的です。20代前半の若い学生に対しては、学習の継続に伴走する「コーチ」制度でフォローしているそうです。
一方で、学生にどこまで任せ、どこまで支えるのか。いつ、どの程度支援に入るのか。その線引きは今も悩ましい課題とのことでした。そうした判断の拠り所になっているのが、GSISで学んだインストラクショナルデザイン(ID)の理論だ、という言葉が印象的でした。
■グループワーク ―自分の実践につなげるには
お二人の話題提供を受けて、グループワークでは「自分の実践の参考になりそうなこと」「もう少し詳しく知りたいこと」などについて意見を交わしました。共有の時間には、次のような声が寄せられました。
PBLにおけるグループ分けで配慮すべきことは何か
通信制大学で学ぶ学生の立場からは、学習活動への参加意欲を保ち続けることが難しい。モチベーションを喚起する仕組みが大切。
日本社会が求める人材像と、そのための教育とは何か。通信制教育は、個別最適化された学びと相性がよいのではないか。
講義と実践を行き来する「往還」を意識して授業を設計したい。
これまでの学びをまとめる「ポートフォリオ」科目を開設している。振り返りに加えて『学習設計マニュアル』を活用したスタディスキルの要素を組み込み、学生同士が振り返りを読み合うことで、つまずきやすいポイントが共有され、気づきにつながっている。
本当に支援を必要としている学生に、どうすれば支援を届けられるか。
ピアラーニングや学習支援の場づくりは難しい。公式な場は意外と活用されにくい。心理的安全性が保たれた非公式な場をどうつくるかが鍵で、若い世代が日常的に利用するコミュニケーションツール選びも重要。
教える側、支える側、学ぶ側、それぞれの立場から率直な意見交換が行われ、「学びを支える」ことの奥行きを改めて感じる時間となりました。
■総評 ―IDは「手の届かないところ」の学びをデザインする
クロージングでは、武蔵野大学 響学開発センター教授(センター長)、熊本大学名誉教授、GSIS客員教授であり、同窓会顧問でもある鈴木克明先生から総評をいただきました。
先生はまず、同窓会の関西コミュニティの活発な活動に触れられたうえで、インストラクショナルデザイン(ID)とオンライン教育の親和性を強調されました。対面授業には「なんとなくの安心感」があるが、コロナ禍を経てオンラインへ移行したことで、かえって教育設計の本質が明らかになった。IDには、遠くにいる学習者にどうやって質の高い教育を届けるかという知見が積み重なっている、というお話です。
お二人の発表については、GSISで身につけた「誰に対して、どのような学びを届ければよいのか」を考えるデザイナーとしての思考がしっかり根づいていると評価されました。
また、GSISは自律した大人の学習者を前提とした大学院教育であるのに対し、学部教育は大人の学習者への移行を促す教育であり、若い学生にはチューターのような伴走者が必要になる、との指摘もありました。濵田さんが紹介された「コーチ」制度にも通じる視点です。
さらに、自分の手が届かないところで学習者がどのように学ぶのかをデザインすることこそがIDであり、通信制教育はハードルが高いぶん、ID研究が進展する余地が大きいと述べられました。ムーアの交流距離理論を引きながら、問題になるのは物理的な距離ではなく心理的な距離であり、「構造」と「対話」の掛け合わせで足場かけの総量が決まる、と説明されました。そして、足場をかけるだけでなく、足場を外していくことまでデザインする必要がある、と示されました。
最後に、学びの実質化にIDをどう生かすのか、そして通信制で学んだ学習者がどのような能力を身につけたのかを示すことが、これからの挑戦であると締めくくられました。
近年、通信制の高校や大学で学ぶ人が増えるなか、熊本大学大学院教授システム学専攻(GSIS)修了生にも、さまざまな立場で通信制教育に携わる人が出てきています。今回は、通信制大学で教育や学生支援に取り組むお二人の修了生をお迎えし、オンラインでのPBL授業とキャリア教育の実践についてお話しいただきました。
はじめは、同窓生の井上憲司さんの乾杯で和やかにスタート。続いて、同窓生の桑原千幸さんによるオープニングで、今回のテーマと進め方が紹介されました。
■オンラインでのPBL学習
最初は、開志創造大学 情報デザイン学部 教授の竹岡篤永さんから、オンラインで学習できる学部の必修PBL科目の設計と運営についてお話しいただきました。
オンライン学習の強みは「いつでも・どこでも」学べること。その強みを生かすため、ディスカッションには時間や場所を選ばないテキストチャットを採用しています。ただし、テキストチャットだけでいきなりPBLに取り組むのは、学生にとってハードルが高いとのこと。そこで、講義科目でPBLの技法を学び、練習を兼ねた演習に取り組み、再び講義科目で振り返ったうえでミニPBL演習に進む、という段階を踏んだ設計が紹介されました。
運営上の課題として挙げられたのが、前半の講義・練習パートに参加しなかった学生をどうフォローするか、そしてグループでの「最初の投稿」をどう促すか、という2点でした。これに対しては、TAからのきめ細やかな声かけや、学生同士の呼びかけを組み合わせることが有効だったそうです。
また、学習環境をクラウドサービスのプラットフォーム上に構築したことで、学生の行動データやアンケート結果を生成AIで分析でき、授業の振り返りを効率的に行えるようになったことも紹介されました。
■自己効力感を育てる授業設計
続いての話題提供は、サイバー大学 IT総合学部 講師/キャリアサポートセンター担当課長の濵田佳奈子さんです。約250名が受講するキャリア入門科目での実践をご紹介いただきました。
この科目での授業設計の柱は「自己効力感」です。自己効力感を高める4つの要素に沿って、次のような工夫がなされていました。
遂行行動の達成:課題作成用のフォーマットを用意し、取り組みやすくする
代理経験:多様な経験を持つ、身近なロールモデルを提示する
言語的説得:一人ひとりに丁寧なフィードバックを返す
情動的喚起:督促は行わず、教員自身も自己開示することで、安全・安心な授業運営を心がける
さらに、民間のキャリアサービス事業者をゲストスピーカーに招き、社会との接続を図りながらキャリアの選択肢を広げる工夫も紹介されました。学習の順序にこだわらず、どれだけ、どのペースで学ぶかを学生自身が決められる「学びを委ねる」設計も特徴的です。20代前半の若い学生に対しては、学習の継続に伴走する「コーチ」制度でフォローしているそうです。
一方で、学生にどこまで任せ、どこまで支えるのか。いつ、どの程度支援に入るのか。その線引きは今も悩ましい課題とのことでした。そうした判断の拠り所になっているのが、GSISで学んだインストラクショナルデザイン(ID)の理論だ、という言葉が印象的でした。
■グループワーク ―自分の実践につなげるには
お二人の話題提供を受けて、グループワークでは「自分の実践の参考になりそうなこと」「もう少し詳しく知りたいこと」などについて意見を交わしました。共有の時間には、次のような声が寄せられました。
PBLにおけるグループ分けで配慮すべきことは何か
通信制大学で学ぶ学生の立場からは、学習活動への参加意欲を保ち続けることが難しい。モチベーションを喚起する仕組みが大切。
日本社会が求める人材像と、そのための教育とは何か。通信制教育は、個別最適化された学びと相性がよいのではないか。
講義と実践を行き来する「往還」を意識して授業を設計したい。
これまでの学びをまとめる「ポートフォリオ」科目を開設している。振り返りに加えて『学習設計マニュアル』を活用したスタディスキルの要素を組み込み、学生同士が振り返りを読み合うことで、つまずきやすいポイントが共有され、気づきにつながっている。
本当に支援を必要としている学生に、どうすれば支援を届けられるか。
ピアラーニングや学習支援の場づくりは難しい。公式な場は意外と活用されにくい。心理的安全性が保たれた非公式な場をどうつくるかが鍵で、若い世代が日常的に利用するコミュニケーションツール選びも重要。
教える側、支える側、学ぶ側、それぞれの立場から率直な意見交換が行われ、「学びを支える」ことの奥行きを改めて感じる時間となりました。
■総評 ―IDは「手の届かないところ」の学びをデザインする
クロージングでは、武蔵野大学 響学開発センター教授(センター長)、熊本大学名誉教授、GSIS客員教授であり、同窓会顧問でもある鈴木克明先生から総評をいただきました。
先生はまず、同窓会の関西コミュニティの活発な活動に触れられたうえで、インストラクショナルデザイン(ID)とオンライン教育の親和性を強調されました。対面授業には「なんとなくの安心感」があるが、コロナ禍を経てオンラインへ移行したことで、かえって教育設計の本質が明らかになった。IDには、遠くにいる学習者にどうやって質の高い教育を届けるかという知見が積み重なっている、というお話です。
お二人の発表については、GSISで身につけた「誰に対して、どのような学びを届ければよいのか」を考えるデザイナーとしての思考がしっかり根づいていると評価されました。
また、GSISは自律した大人の学習者を前提とした大学院教育であるのに対し、学部教育は大人の学習者への移行を促す教育であり、若い学生にはチューターのような伴走者が必要になる、との指摘もありました。濵田さんが紹介された「コーチ」制度にも通じる視点です。
さらに、自分の手が届かないところで学習者がどのように学ぶのかをデザインすることこそがIDであり、通信制教育はハードルが高いぶん、ID研究が進展する余地が大きいと述べられました。ムーアの交流距離理論を引きながら、問題になるのは物理的な距離ではなく心理的な距離であり、「構造」と「対話」の掛け合わせで足場かけの総量が決まる、と説明されました。そして、足場をかけるだけでなく、足場を外していくことまでデザインする必要がある、と示されました。
最後に、学びの実質化にIDをどう生かすのか、そして通信制で学んだ学習者がどのような能力を身につけたのかを示すことが、これからの挑戦であると締めくくられました。
■総評 ―IDは「手の届かないところ」の学びをデザインする
クロージングでは、武蔵野大学 響学開発センター教授(センター長)、熊本大学名誉教授、GSIS客員教授であり、同窓会顧問でもある鈴木克明先生から総評をいただきました。
先生はまず、同窓会の関西コミュニティの活発な活動に触れられたうえで、インストラクショナルデザイン(ID)とオンライン教育の親和性を強調されました。対面授業には「なんとなくの安心感」があるが、コロナ禍を経てオンラインへ移行したことで、かえって教育設計の本質が明らかになった。IDには、遠くにいる学習者にどうやって質の高い教育を届けるかという知見が積み重なっている、というお話です。
お二人の発表については、GSISで身につけた「誰に対して、どのような学びを届ければよいのか」を考えるデザイナーとしての思考がしっかり根づいていると評価されました。
また、GSISは自律した大人の学習者を前提とした大学院教育であるのに対し、学部教育は大人の学習者への移行を促す教育であり、若い学生にはチューターのような伴走者が必要になる、との指摘もありました。濵田さんが紹介された「コーチ」制度にも通じる視点です。
さらに、自分の手が届かないところで学習者がどのように学ぶのかをデザインすることこそがIDであり、通信制教育はハードルが高いぶん、ID研究が進展する余地が大きいと述べられました。ムーアの交流距離理論を引きながら、問題になるのは物理的な距離ではなく心理的な距離であり、「構造」と「対話」の掛け合わせで足場かけの総量が決まる、と説明されました。そして、足場をかけるだけでなく、足場を外していくことまでデザインする必要がある、と示されました。
最後に、学びの実質化にIDをどう生かすのか、そして通信制で学んだ学習者がどのような能力を身につけたのかを示すことが、これからの挑戦であると締めくくられました。
■おわりに
今回のまなばナイトでは、通信制大学という「学習者の姿が見えにくい」環境で、学びをどう設計し、どう支えるのかについて、現場の具体的な工夫と率直な悩みを共有していただきました。竹岡さんの段階的なPBL設計と、濵田さんの自己効力感に着目した授業設計。アプローチは異なりますが、どちらにも「学習者に委ねながら、必要なところで確かに支える」というIDの考え方が通底していたように感じます。
ご登壇いただいた竹岡さん、濵田さん、温かくも鋭い総評をくださった鈴木先生、そして関西開催の準備・運営にあたってくださった幹事の皆さま、会場とオンラインからご参加くださった皆さまに、心より感謝申し上げます。次回のまなばナイトでも、豊かな対話の場でお会いできることを楽しみにしています。
熊本大学大学院教授システム学専攻 修士課程15期修了生 栗山俊之